デジタルネイティブ
昨日22:00からNHKで放送された
『デジタルネイティブ ~時代を変える若者たち~』を見た。
デジタルネイティブとは、物心ついた頃からインターネットを利用できる
環境で育った世代を言う。
番組内では、そのデジタルネイティブたちがいかにしてインターネットを利用して
企業活動をしたり、人間関係を構築したりしているかが紹介されている。
番組では、カードゲームの会社を経営する13歳の少年が取り上げられている。
この少年は、ゲームで利用するカードのデザインを依頼するためにSNSを利用し、
会ったこともないデザイナーを何人か探し出して仕事を依頼している。
さらに、この少年は、自分で撮った動画をYouTubeにアップロードして
宣伝活動をしているのだ。依頼をうけたデザイナーはYouTubeを通して初めて
依頼主が13歳だと知ったのだ。
他にも、ウガンダからエイズ対策活動を行う青年が紹介されている。
この青年は、SNSを使ってエイズ対策に関心のある世界中の若者を組織し、
最終的に国際エイズ会議に参加して国際機関の代表者の前でスピーチをしている。
この番組の内容は特に目新しいことはなかったのだが、インターネットの世界を
生きていく中で強く再認識させられたことが3点ある。
(1)自分のコンテンツをもつ
(2)発信すること
(3)英語を使えること
(1)自分のコンテンツをもって発信すること
自分が発信できるコンテンツ、つまり自分なりに発信できる情報を持つことだ。
それも価値のある情報である。自分にとっての価値ではなく、他人にとって
価値のある情報を自分がどれだけ有しているかである。
13歳の少年も、ウガンダの青年も自分なりの情報を有していたと思う。
それが他人にとって価値があると思われたから、多くの連鎖反応を起した。
自分にしか価値のない、他人に分からない価値をただ流したとしても
大きな反応は起こせない。
自分なりに発信できる情報をもたなければ、デジタルネイティブの世界では
生きていけないと思う。世界中で誰とでも繋がることが可能な世界では、
他人の真似をするのではなく、一人ひとりのもつ個性を表現するような
情報を伝えなければ個としての際立った存在感を示すことは難しい。
自分の存在感を示すことができなければ、存在しないも同じことである。
誰とでも繋がることができる世界であるがゆえに、様々なレベルの
繋がりが発生する。コンテンツは誰にとっても価値のあるものではなく、
自分がどのような存在感を示し、繋がりを得たいのかによって変わる。
自分が設定するレベルに対応したコンテンツをもって発信できるように
日々邁進していくことが重要だ。
(2)発信すること
自分のもつ情報は当然発信しなければ、誰にも知られず評価されない。
情報を隠すのも簡単であるが(例えばmixiの日記を非公開にするなど)、
僕は積極的に開示していく方がよいと思う。
それは、個人が発信しようと思った情報を制限することは、
人との繋がりを自ら絶ってしまうことであると思うからだ。
確かにインターネットの世界では、見ず知らずの人から突っ込まれたり、
うざったいことを言われる可能性がある。僕は、その可能性よりも多くの
見ず知らずの人と繋がる可能性の方に魅力を感じる。
(1)のコンテンツは発信しなければ意味がないのだ。発信して多くの
人に見てもらって評価を受ける必要があると僕は思う。
(3)英語を使えること
英語を使えなければダメだ。英語を使えることで年収があがるとか
言われているが、そんな話じゃないと思う。
英語が使えなければ完全においていかれる。ネットを通して
個人的な活動や企業活動が行われており、これからもっと積極的に
行われていくと予想される中で、英語を使えないと何が起こっているのか
分からなくなる。分かったとしても、随分おいていかれた状態だろう。
僕はそんなの嫌だ。
英語で年収をあげるとかじゃなくて、使えないと年収が低いままって
状態に今後なるんじゃないだろうか。
日々仕事などで英語を使わずにいると、緊急性がないのでどうでも
よくなってしまいがちだが、改めて身を引き締めなければ気づいた
ときには手遅れになるかもしれない。
以上、今回の番組をみて感じたことを書いてみた。
『デジタルネイティブ ~時代を変える若者たち~』を見た。
デジタルネイティブとは、物心ついた頃からインターネットを利用できる
環境で育った世代を言う。
番組内では、そのデジタルネイティブたちがいかにしてインターネットを利用して
企業活動をしたり、人間関係を構築したりしているかが紹介されている。
番組では、カードゲームの会社を経営する13歳の少年が取り上げられている。
この少年は、ゲームで利用するカードのデザインを依頼するためにSNSを利用し、
会ったこともないデザイナーを何人か探し出して仕事を依頼している。
さらに、この少年は、自分で撮った動画をYouTubeにアップロードして
宣伝活動をしているのだ。依頼をうけたデザイナーはYouTubeを通して初めて
依頼主が13歳だと知ったのだ。
他にも、ウガンダからエイズ対策活動を行う青年が紹介されている。
この青年は、SNSを使ってエイズ対策に関心のある世界中の若者を組織し、
最終的に国際エイズ会議に参加して国際機関の代表者の前でスピーチをしている。
この番組の内容は特に目新しいことはなかったのだが、インターネットの世界を
生きていく中で強く再認識させられたことが3点ある。
(1)自分のコンテンツをもつ
(2)発信すること
(3)英語を使えること
(1)自分のコンテンツをもって発信すること
自分が発信できるコンテンツ、つまり自分なりに発信できる情報を持つことだ。
それも価値のある情報である。自分にとっての価値ではなく、他人にとって
価値のある情報を自分がどれだけ有しているかである。
13歳の少年も、ウガンダの青年も自分なりの情報を有していたと思う。
それが他人にとって価値があると思われたから、多くの連鎖反応を起した。
自分にしか価値のない、他人に分からない価値をただ流したとしても
大きな反応は起こせない。
自分なりに発信できる情報をもたなければ、デジタルネイティブの世界では
生きていけないと思う。世界中で誰とでも繋がることが可能な世界では、
他人の真似をするのではなく、一人ひとりのもつ個性を表現するような
情報を伝えなければ個としての際立った存在感を示すことは難しい。
自分の存在感を示すことができなければ、存在しないも同じことである。
誰とでも繋がることができる世界であるがゆえに、様々なレベルの
繋がりが発生する。コンテンツは誰にとっても価値のあるものではなく、
自分がどのような存在感を示し、繋がりを得たいのかによって変わる。
自分が設定するレベルに対応したコンテンツをもって発信できるように
日々邁進していくことが重要だ。
(2)発信すること
自分のもつ情報は当然発信しなければ、誰にも知られず評価されない。
情報を隠すのも簡単であるが(例えばmixiの日記を非公開にするなど)、
僕は積極的に開示していく方がよいと思う。
それは、個人が発信しようと思った情報を制限することは、
人との繋がりを自ら絶ってしまうことであると思うからだ。
確かにインターネットの世界では、見ず知らずの人から突っ込まれたり、
うざったいことを言われる可能性がある。僕は、その可能性よりも多くの
見ず知らずの人と繋がる可能性の方に魅力を感じる。
(1)のコンテンツは発信しなければ意味がないのだ。発信して多くの
人に見てもらって評価を受ける必要があると僕は思う。
(3)英語を使えること
英語を使えなければダメだ。英語を使えることで年収があがるとか
言われているが、そんな話じゃないと思う。
英語が使えなければ完全においていかれる。ネットを通して
個人的な活動や企業活動が行われており、これからもっと積極的に
行われていくと予想される中で、英語を使えないと何が起こっているのか
分からなくなる。分かったとしても、随分おいていかれた状態だろう。
僕はそんなの嫌だ。
英語で年収をあげるとかじゃなくて、使えないと年収が低いままって
状態に今後なるんじゃないだろうか。
日々仕事などで英語を使わずにいると、緊急性がないのでどうでも
よくなってしまいがちだが、改めて身を引き締めなければ気づいた
ときには手遅れになるかもしれない。
以上、今回の番組をみて感じたことを書いてみた。
2008年11月11日 00:09 | カテゴリー: インターネット